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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)10159号 判決 1966年12月02日

原告 宝成信用組合

右訴訟代理人弁護士 持田五郎

被告 町田金一郎

右被告訴訟代理人弁護士 本渡乾夫

同 桜井公望

被告 東京都商工信用金庫

右訴訟代理人弁護士 本林譲

同 川田敏郎

同 林展弘

被告 日特金属工業協同組合

右被告訴訟代理人弁護士 田口尚真

被告 遠藤重雄

被告 篠田治作

右被告両名訴訟代理人弁護士 江口保夫

右訴訟復代理人弁護士 島林儀

主文

一、被告町田は原告に対し、別紙目録記載の土地建物につき昭和三九年九月二八日の解約を原因として東京法務局葛飾出張所同年一二月二一日受付第三〇一一四号をもって抹消登記された同法務局同出張所昭和三五年九月二七日受付第一九一〇二号同年八月一〇日根抵当権設定契約による根抵当権設定登記並びに同法務局同出張所昭和三九年一二月二一日受付第三〇一一六号をもって抹消登記された同法務局同出張所昭和三五年九月二七日受付第一九一〇四号同年八月一〇日停止条件付賃貸借契約による賃借権設定仮登記の各回復登記手続をせよ。

二、被告東京都商工信用金庫、同日特金属工業協同組合、同遠藤重雄、同篠田治作は前項の各回復登記手続を承継せよ。

三、訴訟費用は被告等の負担とする

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり陳述した。

一、原告は、昭和三五年八月一〇日組合員である訴外町田工業株式会社との間において、同会社に対し継続して金銭の貸付手形割引その他の取引をなす旨の取引約定を結び、その取引により現在負担し又は将来負担する債務の担保として、右同日、被告町田金一郎よりその所有に係る主文第一項記載の土地建物(以下本件土地建物と略称する)につき、訴外町田彦三郎よりその所有に係る東京都葛飾区お花茶屋二丁目四〇〇番九の宅地六二坪九合八勺及び訴外町田一馬よりその所有に係る同所同番三の宅地五七坪六合二勺、同所同番四の宅地五七坪六合二勺及び同所同番地所在家屋番号一六六二の木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二四坪六合八勺(以下本件外土地建物と略称する)につき、夫々債権元本極度額金七〇〇万円、利息日歩三銭六厘、遅延損害金、日歩金七銭の根抵当権の設定を受け、且つ、その根抵当権の債務金七〇〇万円を履行しないときは、原告に対し賃料一ケ月金三五〇円、毎月未払、存続期間発生の日より満三ケ年で賃借権を移転し、又は賃借物を転貸することができる特約付の賃借権が発生する旨の停止条件付賃借権の設定を受けた。

二、同年九月二七日、右根抵当権及び賃借権につき東京法務局葛飾出張所において本件土地建物についてそれぞれ主文第一項記載の根抵当権設定登記及び賃借権設定仮登記がなされ件外土地建物についても、それぞれ根抵当権設定登記及び賃借権設定仮登記がなされた。

その後原告は第一項記載の取引約定に基き前記訴外町田工業株式会社に対し金銭の貸付その他の取引をなして来た結果右貸付金債権中金二九五万円とこれに対する昭和四〇年五月一五日から完済に至るまで日歩金七銭の割合による遅延損害金債権が残存するに至った。

原告は、昭和三九年九月二八日訴外町田工業株式会社の代表取締役である訴外町田一馬の申入れにより、前記件外土地建物に限り、これらについての前記根抵当権及び停止条件付賃借権の各設定契約の解約及びこれによる前記の根抵当権設定登記と賃借権設定登記の抹消を承諾し、同日右訴外人に対しその抹消登記に必要な登記済権利証、原告名義の印鑑証明書及び右件外土地建物だけを指定して委託事項欄に該土地建物を記載表示した原告名義の委任状等の書類を交付したところ、同年一二月二〇日頃に至り右訴外人及び前記訴外町田彦三郎は共謀の上、当時、右根抵当権についての原告の右訴外会社に対する貸付元金債権金二九五万円が現存しているのを承知していながら、町田彦三郎において、訴外司法書士稲垣敏秋に対し、右の各書類を交付し、右根抵当権の債権全部が既に弁済により消滅していて本件土地建物及び前記件外建物の各全部についての前記の根抵当権及び停止条件付賃借権がその設定契約の解約によって消滅した旨の虚偽の事実を申向けてその各抹消登記申請手続を依頼し、次いで右司法書士をして右委任状の委任事項欄に本件土地建物の表示を追加記入させて右委任状を変造し、よって原告代理人としての右司法書士の申請によって主文第一項記載の各抹消登記がなされたものである。

三、本件土地建物については、右各抹消登記について前記法務局出張所において被告東京都商工信用金庫のための昭和四〇年一月一三日受付第四四一号根抵当権設定登記、被告日特金属工業協同組合のための同年五月六日受付第一〇七七六号抵当権設定登記、被告遠藤重雄のための同年六月八日受付第一四〇八一号根抵当権設定登記及び被告篠田治作のための同年同月同日受付第一四〇九〇号根抵当権設定登記がいずれも前記訴外町田工業株式会社を債務者として逐次なされている。

よって、被告町田は、抹消された各登記がその登記原因を欠く不法無効なものであるから、原告のためにその回復の登記手続をなす義務があり、その余の被告等は、右回復登記手続につき登記上の利害関係ある者であって、原告に対し右回復登記についての承諾をする義務がある

全被告の訴訟代理人等は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、請求原因に対する答弁としてそれぞれ次のとおり述べた。

一、被告町田

1、請求原因第一、二項の事実中、被告町田に関する部分は否認し、その余は認める。被告町田の抵当権設定およびその登記は同被告の印章が不正に使用されてなされたもので、同被告の関知しないものである。

2、同第三項の事実は認めるが、原告主張の二九五万円は支払済である。

3、同第四項の事実中原告主張の抹消登記がなされたことは認めるが、その余は不知。

二、被告東京都商工信用金庫

1、請求原因第一項の事実は不知。

2、同第二項の事実は認める。

3、同第三項の事実は不知。

4、同第四項の事実中、抹消登記のなされたことは認めるが、その余は否認する。

5、同第五項の事実は認める。

三、被告日特金属工業協同組合

1、請求原因第一項の事実中、被告町田に関する部分は同被告の答弁を援用する。その他の部分は不知。

2、請求原因第二項の事実は認める。

3、同第三項の事実は不知。

4、同第四項の事実中、抹消登記のなされたことは認めるが、その余は否認する。訴外町田彦三郎が稲垣司法書士をして原告の委任状に本件土地建物を追加記入させるに当っては電話で原告組合の担当者に諒解を求め、その承諾を得たものである。

5、同第五項の事実は認める。

四、被告遠藤、同篠田

1、請求原因第一ないし三項の事実は不知。

2、同第四項の事実中委任状変造の点は否認し、その余は不知。

3、同第五項の事実は認める。

被告日特金属工業協同組合訴訟代理人は抗弁として、次のとおり陳述した。

1、登記はその制度上、登記内容が真正なものと推定されこれが更に推及されて登記内容を信頼することは善意無過失と推定される。ところで被告協同組合の本件土地建物に対する抵当権設定登記は、原告の各抹消登記より数ケ月後になされており同被告は右抹消登記を確認し原告の権利消滅を確信して右抵当権設定登記をしたものであるから、同被告は何ら責られるべきところはない。

2、共同根抵当権の設定されている数個の不動産の内の一部に対する根抵当権の設定契約を解約し、或いは放棄する場合には、一部解約書或いは一部放棄書を作成しこれを原因証書として抹消登記をなしかつ登記申請手続を司法書士に委任する際は、必ず担当職員が出頭立会の上直接委任し、万一の過誤を防止すると共に権利確保に万全を期するのが金融機関のとるべき常道である。しかるに、原告は右の措置をとらず、登記済権利証および欄外に捨印を押した委任状を交付して抹消登記手続を債務者側に一任した。その結果原告主張のように原告の意思に基づかずして本件抹消登記がなされるに至ったとしても、それは原告自らの行為によって権利確保を怠ったものである。

3、以上のような事情のもとにおいては、原告は被告協同組合に対する関係においては右抹消登記の回復登記につきその抹消を求めることは信義則上許されないと解すべきである。

〈以下省略〉。

理由

成立に争のない甲第二、三号証、証人町田一馬の証言により真正に成立したと認められる甲第六号証、甲第八および九号証の各一の各記載および証人町田一馬、同町田彦三郎、同相馬健の各証言によれば、原告主張の請求原因第一、二項の事実を認めることができる。被告町田は、原告に対する本件土地建物の担保提供ならびにその登記は、同被告の印章が冒用されてなされたもので同被告の関知しないものであるというけれども、証人町田一馬の証言によれば右担保提供ならびに登記は訴外町田一馬が被告町田金一郎を代理してしたものであるところ、右町田一馬は同人が代表取締役である訴外町田工業株式会社の金策のため同人の父である被告町田金一郎所有の不動産を担保に供することにつきあらかじめ同被告の包括的承認を得ており、これに使用した同被告の印章も右町田一馬が同被告から預り保管していたものであることを認めることができるから、原告に対する被告町田の本件土地建物の担保提供ならびにその登記は有効適法になされたものというべきである。

次に、被告町田所有の本件土地建物につき原告のためになされた先の根抵当権設定登記および賃借権設定仮登記が、原告主張の抹消登記により抹消されたことは、前記甲第二、三号証の記載により明らかである。そして右抹消登記のなされた経緯については、証人町田一馬の証言により真正に成立したと認められる甲第四号証、証人榊原米三郎の証言により本件土地建物の表示部分を除き真正に成立したと認められる甲第一三号証の各記載および証人町田一馬、同町田彦三郎、同稲垣敏秋、同相馬健、同榊原米三郎の各証言を照し合せると、訴外町田一馬は、昭和三九年九月頃訴外町田工業株式会社のため訴外亀有信用金庫から長期資金借入を策し、その担保とするため同人および訴外町田彦三郎所有の件外土地建物に設定された原告の根抵当権(二番抵当)および停止条件付賃借権を解除する必要を生じ、その旨原告に申入れたこと、これに対し原告は、当時右訴外会社に対する貸付金は約三五〇万円であり、その担保としては被告町田金一郎所有の本件土地建物(一番抵当)だけで足りると考えたので、右町田一馬の申入を応諾したこと、そして原告はその抹消登記を相手方に一任することとし、原告が保管していた右土地建物の登記済権利証、原告の印鑑証明書とともに右件外土地建物の表示のみを記載した抹消登記委任状(甲第一三号証)を町田一馬の代理人である町田彦三郎に交付したこと、ところが前記亀有信用金庫からの資金借入は同金庫の都合により中止されたので、町田一馬はその後被告東京都商工信用金庫に資金借入を申込み、その担保として右土地建物を提供する必要を生じたこと、そこで同年一二月中旬頃町田彦三郎は町田一馬の指示により司法書士稲垣敏秋に前記抹消登記を依頼して必要書類を交付したこと、その際同人は右稲垣に対し、原告の被担保債権は全部弁済により消滅しているから前記件外土地建物および被告所有の本件土地建物の全部につき根抵当権設定登記および停止条件付賃借権設定仮登記の抹消を依頼したこと、右稲垣は右依頼に基づき右抹消登記申請をしたところ、原告の委任状に本件土地建物の記載がないことを登記所より指摘されたのでその旨を町田彦三郎に連絡したところ、同月二一日頃同人が稲垣の事務所に来り、原告に電話連絡の結果原告の委任状に本件土地建物の表示を追加記入することにつき原告の承諾を得た旨稲垣に伝えたので、同司法書士がその追加記入をなし、原告主張の本件抹消登記をしたこと、しかし原告においては町田等から右のような委任状の補正につき承諾を求められたこともこれを承諾したこともなかったことを認めることができ、証人町田一馬の証言中同人が原告の担当職員から本件土地建物についても根抵当権等の登記を抹消することにつき承諾を得た旨の証言は信用し難く、その他右認定を動かすに足る証拠はない。なお、被告町田は原告の被担保債権は弁済により消滅したと主張するが、その証拠はなく、むしろ証人町田一馬の証言および同証言により真正に成立したと認められる甲第五号証によれば、今なお二九五万円の残債権が存することが明らかである。

右認定の事実によれば、原告の委任状(甲第一三号証)のうち本件土地建物の表示の記載部分は原告に無断で変造されたものというべく、これに基づいてなされた本件土地建物に関する前記抹消登記は、登記原因を欠き無効なものといわなければならない。よって、被告町田は原告に対し右抹消登記の回復登記をなすべき義務がある。

次に、被告東京都商工信用金庫、同日特金属工業協同組合、同遠藤、同篠田が原告主張のような登記をなしていることは当事者間に争いがない。そこで被告日特金属工業協同組合の抗弁につき判断する。なるほど登記はその制度上、登記内容を信頼する者は善意無過失であると推定されるが、登記に公信力を認めない我が法制の下では、右登記を信頼した者に対し真実の権利者がこれに即応する登記の実現に協力を求めてもそのために著しく信義に反するということにはならない

また、本件において金融機関たる原告が、共同担保の一部である訴外町田一馬、同町田彦三郎所有の不動産についてのみ根抵当権設定等の契約を解除するに当り、一部解約書を作成せず、かつその抹消登記手続に立会わず、その委任状を債務者である右町田等に交付して同人等にその登記手続を任せたことは、被告の主張するとおりである。しかし、それは原告が、訴外町田工業株式会社との間の従前の取引を通じて右町田等に対しかなりの程度の信頼をおいていたからにほかならず、そのような信頼をおいたことにつき原告を咎むべき特段の事情は認められない。また原告の右委任状の欄外に捨印が押されたのは、証人榊原米三郎の証言によれば、それに記載した土地の所在地の表示を補正することを予想してなされたことが認められるのであって、被告のいうように不用意になされたものとは認められない。本件抹消登記がなされたのは一に右町田等の故意または過誤によるものというべきであって、その責を原告に帰することはできない。かりにこの点につき原告に何等かの過失があったとしても、前記のような事情から見れば、原告の被告協同組合に対する本件登記に関する権利行使を妨げるほどの帰責原因となるものではないというべきである。してみると、被告町田以外の被告等は原告に対し前記回復登記を承諾すべき義務がある。よって原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、〈以下省略〉。

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